2017.06.21
恵比寿の夜の夢 Vol.1
『住みたい街ランキング』なるものを見たことはないだろうか。
複数の企業が毎年行っているアンケートで、この収集結果はメディアでもよく取り上げられている。
2016年、このランキングで小さな波乱が起こった。
5年連続で1位に輝き続けた街、吉祥寺が、ついにその座を明け渡したのだ。
では、吉祥寺から王冠を奪った街はどこか?
??そう、恵比寿だ。
メディアでお馴染みの人気店がそこかしこに建ち並び、日本初上陸の店には連日長蛇の列ができる。
さるスパでは芸能人の目撃情報が絶えないとか、なんとか……
とかく話題の、そして人気のおしゃれスポットだ。
しかし、『住みたい街』では堂々の1位に輝きながらも、「本当に恵比寿に住めるの?」「どんな人が住んでいるの?」と思う人も少なくはないだろう。
今回は、その恵比寿を舞台にした小さな物語をご紹介しようと思う。
これは、恵比寿という街に憧れ、焦がれ、そして溺れたある女性の物語……
??
「それでは、16年度も無事に終了したことを祝しまして!」
多少呂律のあやしい男の音頭に続き、乾杯!と賑やかな声が弾ける。
場所は恵比寿のさる居酒屋だ。どうやら企業の打ち上げらしい。
集まった15名ほどの男女は皆若く、20代後半から30代半ばぐらいといったところだろうか。ちらほらと彫りの深い顔立ちも見えることから、どうやら外資系企業の社員達のようだ。
優子は今年で36になる。
嬉しくもなんともないが、年女だ。
それでも、もとの顔立ちは悪い方ではなく、20代の終わり頃からは毎週末のエステも欠かしていない。
夏も冬も関係なく紫外線の排除に励み、頭のてっぺんからペディキュアまで入念にケアしたその外見は、20代と言ってもまだまだ通用するだろう。
事実、繁華街を歩けば30メートルに一度は声をかけられるくらいなのだ。
若々しい華やかさからは卒業したものの、大人ゆえの余裕と色香には自信があった。
それに今、男性上司の手が優子の腿の上に置かれているのも偶然ではない??確実に。
「今期の売り上げもばっちり右肩上がりでしたね。さすがは部長、お見事です」
腿に置かれた上司の手を両手で包み、テーブルの上にそっと乗せる。
その動きの意図するところを察したか、上司はつまらなさそうに肩を竦めて別の方へと向き直った。
ふと視線を感じ、優子が顔を上げると、同僚の男女がこちらを見て忍び笑いを漏らしていた。
どうやら、今のやり取りを全て見ていたものらしい。
わざとらしくしかめっ面を作ると、優子は鼻を摘まんで見せた。
??こんな男はお断りよ。
優子からのメッセージを正しく受け取ったものか、同僚らは笑い声をあげた。
なぜ笑いが起こったものかまるで見当もつかない上司は、不審そうに彼女らの顔を見やるのだった。