2017.07.11
恵比寿の夜の夢 Vol.4
「優子さん、最近なんだか機嫌いいっスね」
書類を提出しがてらそう話しかけてくるのは同僚の浜田だ。
社会人になっても学生気分が抜けない困り者ではあるものの、優子にとっては可愛い弟分である。
「そう? ゴールデンウィークが近いからかしら」
優子の勤め先は外資系企業だ。
ごく一般的な企業よりは長期休暇が取りやすい環境になっており、事実、ゴールデンウィークに合わせて半月ほど休む人も少なくない。
優子の説明に納得したものか、そっかー、と語尾を伸ばして浜田が言う。
「優子さんはゴールデンウィークに何するんスか?」
「ひみつ」
「相変わらずガードが堅いなあ、優子さんは。ちょっと教えてくれたっていいじゃないスか」
「じゃあ、浜田くんが資料を一発合格させたら教えてあげる」
「ひでー! 無理っスよ、優子さんのチェック厳しいもん」
浜田と軽口の応酬を交わしながら、優子は、少し離れたデスクから探るような視線が飛んでくるのを感じ取っていた。
確認するまでもない。ユキだ。
何かと優子をライバル視しているユキのことだ。いつもと様子の違う優子を不審に思い、理由を探っているに違いない。
そのユキが口を開いたのは、その日のランチの席だった。
「優子さん、いい男見つけたんでしょぉ」
人気店らしく、ランチ時の店内は混み合っている。
店の看板メニューでもあるガレットを切り分けながら、優子はギクリと身を強張らせた。
さすが、鋭い。
仕事よりも、新調したばかりのネイルについた傷を気にするようなユキではあるが、人の顔色を読むことにかけてはピカイチだ。
さらに、しつこさにおいては浜田の追随を許さないユキである。
ひとたび彼女に目をつけられてしまっては、もはや秘密を隠しきれようはずもない。
迂闊にも浮かれ顔を見せていたことを反省しつつ、優子は素直に白状した。
トオルとの運命的な出逢い。
そして、あの夜をきっかけに二人が付き合い始めたことを。
「えーっ、優子さんのカレシが歳下ぁ? うそぉ、信じられない」
カレシ、という若者らしいイントネーションに少しうんざりしながら、優子はひそりと苦笑を漏らした。
「歳下といっても2つしか変わらないけど」
「それでも十分驚きですよぉ。優子さんってすんごい歳上のおじさんとかと付き合ってそうなイメージですもん」
あけすけな物言いに苛立ちを覚えつつも、優子は笑みを崩さない。
こんな”子供”に目くじらを立てるほど大人げない女ではないのだ、優子は。
だけどちょっぴり反撃も試みてみる。
「ユキちゃんこそ、おじさんと付き合っているじゃない。あたし見ちゃったのよ、ユキちゃんの彼。会社の近くまで迎えに来てくれるだなんて優しい彼氏さんよね」
そう。つい先日、偶然にも見かけてしまったのだ。
定時になるなり退社したユキが、男に腕を絡ませながら真っ赤なポルシェに乗り込む姿を。
連れの男は、ポルシェに乗っているということ以外は実に冴えない風貌をしていた。いかにも「中年男」といった風情の。
プライドが高く、いつもブランド物でばっちり武装しているユキのことだ。
冴えない中年彼氏の存在なんて知られたくなかったに違いない。
そう踏んでいた優子だったが、予想に反し、ユキが浮かべたのは不敵な笑みだった。
「やだぁ。優子さん、古ぅ?い! あれはただの”パパ”ですよぉ」
「パパ?」
「ああいう、お金はあるけど寂しいおじさんと食事とかしてお小遣いもらうんですぅ。あ、会社には副収入のこと内緒にしててくださいね」
「会社に内緒とか以前に……ユキちゃん、それって犯罪なんじゃないの?」
「全然違いますぅ、あれは”パパ活”っていうんですよぉ。今、若いコにけっこう人気なんです」
??若いコ。
どこかトゲのある口振りで言うユキに、優子は仕事疲れとはまた違うタイプの疲労を覚えた。
その疲労はいやらしい軟体動物のように肩のあたりにからみつき、優子をひどくげんなりさせた。早くこの場を去ってしまいたかった。
だからだろうか。
ユキに要望されるまま、トオルの写真を彼女に見せてしまったのは。