2017.07.03

恵比寿の夜の夢 Vol.3

??だけどほんのちょっとだけ、背伸びをしている……違う?

トオルのその一言は、優子の心の柔らかい場所を的確に突いた。

ブランド品で着飾り、休日は洒落た店でコーヒーを飲み、味の違いもよく分からない『ボンベイ・サファイア』をわざわざ頼んで……

かつて優子が思い描いた理想。
それに限りなく近付いた今、しかしその理想がすっかり重くなっていることに優子は気付いた。

いや。
気付かされたのだ、初対面の、しかも歳下のトオルに。

優子が背伸びしているだなんて、過去の男達は誰も言わなかった。

彼らのうち誰一人としてそれを見抜いた者はいなかった。

皆が皆、優子のことを「大人の女性だ」と褒めそやした。「しっかりと自立した、大人の女性だ」と。優子よりずっと歳上の男ですらも。

その言葉は優子の自尊心を大いに満たした。

その評価に満足もしていた。

しかし、しばらくすると、男達は皆口を揃えてこう言うのだ。

??君には僕なんて必要ないんだろう。

去っていく男を、優子は追いかけはしなかった。ただ黙って見送った。

そのうち、逃げられる前に優子から離れるようになった。これ以上傷付かないように。

そのことが、より一層「大人の女性」としての優子に拍車をかけることに気付かないまま……

「ごめん」

申し訳なさそうに詫びるトオルの声に、はっと優子は気を取り直した。

「本当にごめん。よく知りもしないくせにって思ったよね」

手が暖かい。見れば、カウンター上に組んだ両手の上に、トオルの右手が重ねられていた。

大きな手。
大人の男性の手だ。

暖かく、優しく、それでいて力強い……

組んでいた指をほどくと、優子は片方の手をトオルの手の上に重ねて笑った。

「ううん、怒ってないわ」

そうなのかもしれないわね、と、唇に笑みを浮かべて優子は言った。

「そうなのかもしれない……」

ここにきてもまだ素直になれない自分への自嘲をこめて、優子はもう一度そう呟いた。

hatenaBookmark

2017.06.28

恵比寿の夜の夢 Vol.2

2017.07.11

恵比寿の夜の夢 Vol.4